朝毎の確認

 「朝ごとに 私は国の中の悪しき者をことごとく滅ぼし、主の都から不法を行う者を、ことごとく断ち切ります。」詩篇101篇8節

 ダビデはイスラエルの王として、主に上記のような歌を捧げた。悪しき者を滅ぼし、不法者を断ち切るとは、暴力的な響きがするかもしれないが、その真意は、共同体の中に隠れている罪を神の前で断ち切る、というきよさを表明することにある。
 「朝ごとに」とある。悔い改めはいつかそのうち、とか、被害が出るようになってから、というものではない。先延ばしにせずに、聖書を読んで示される罪の数々に築かせられるなら、私たちも同じように告白すべきだ。主よ、私は朝ごとに、あなたの前で罪となることを切り離し捨て、断絶しますと。
 「主の都から」。ここでは個人的な罪を捨てるだけに留まらず、関係する共同体、自分が託されているグループ全体の中での罪を捨てると宣言されている。自分のきよさだけでなく、属しているグループに、学校に、職場に、そして家族に、神の目に良くないと写るものがあるならば、それを反省し、明るみに出し、そからはなれられるようにと、きよさを願い求めるべきではないか。